花宵道中

花宵道中
夜の宴 舞うよ 花弁 桜は満開
されど
青紫の痣の悲しみは
風花に染められ
春告鳥の声を後ろに
春は未だ来たらず
虚構をばかりを
指で触れれば
あなたの情熱が涙を零す
春とうからじ
その呼び声は今宵の雨に打たれ
凍てつく芯に杭を刺し
滑る筆が静寂の帳に
渇愛から慈愛へ変貌する
私は画布の蝶の羽ばたきに
未来に準え
冬の隙間から延びる採光に
薄紅色のリボンで口を紡ぐ
時立ち行けば
花は橘と飽きは聞く
尋ね歩む狂女の花宵道中
華楊の屏風に泣き笑い
花籠に描かれた華は枯れても闇に詠えば 恋 恋 恋

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ゆりかご

ゆりかご
私ににさしのべられた手のひらは
真っ直ぐな炎をひた隠しに冬の枝先に結んで
泣きわめく子を起こさぬように
ただ その為だけに
今 彼は手のひらに釘を打つ
彼は
子供が泣かぬように
泣かぬようにと
静かに温かくゆりかごを
揺すり続けるので
流れる血が静寂を押し拡げ
大地は活火山を失い
ぶつかるプレートはなく
宇宙は子守唄にみたされた
ただ
マグマのような鼓動だけ
泣く子を
眠らし揺らし
あやし続ける
彼の手にはまだ釘が刺さったままなのに
ずっとずっと
深淵なる夜の淵を揺らし続ける
世界は血と涙に呼応し
いつしかそれを
神は
「優しさ」と
名付けた

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のこすもの

のこすもの
僕が君に遺すもの
変な紙切れの束ひとつ
僕が君に遺すもの
インクとちびた色鉛筆
僕が君に遺すもの
苔になる躯
忘れないで
紅いランプの下
浮かび上がる輪郭
白い肌
月夜に交わした
くちづけの甘さ
菫の香に誘われた愛撫
やけくそになった
叱責同士の喧嘩
携帯から誘惑した
吐息と従順な柔らかい声
掠れた呼び名
墜ちた花弁
濡れた身体
零れた緋蜜
溶けた夜
激しい波の高鳴りに
啼いたナイチンゲールよ
籠は思い出を閉じ込めたまま錆びたのだ
電車が来るから僕は逝く
朝のこない電車に乗るのだ
僕が君に遺すもの
僕のわがまま
消える足跡
止まった時計
来ない春
君が僕に残すもの
精一杯の真っ直ぐな
僕だけ見つめ続けた瞳と涙
最期に僕が残した者は
愛した君
君自身

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セピア色のビーナス

セピア色のビーナス
誰もいない絵画教室には
色褪せた口づけが置いてある
僕が初めて触れた女(ひと)は
白い石灰の胸をはだけ
放課後の僕を待っていた
二メートル四・三センチの女神に
背伸びしたくちづけは
冷たい肌を晒しながら
僕の唇に火をつけた
君が生きていたら
プロポーズしでもしてただろうか
ピグマリオン気取りの
いつかの少年は
小父さんと呼ばれているのに
あなたはきっと綺麗なままで
僕を呼んでいるに違いない
僕の中の少年はあの日背伸びしたまま
初恋という名のアルバムに
揺らめきながら閉じたまま
「大人」になった
セピア色のビーナスを
胸に隠したまま
今は違う女神と恋をして
触れ合った
やがて二人の間にニンフが生まれ
小さな女神に
なぜか
あなたの輪郭を鮮やかに思い出すのだ

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パンドラの罠

パンドラの罠
髪の毛 手の平 唇から媚薬
まばらな光
神が死んだ約束の日
繋いだ手には錆びた鎖
君の心臓の匂いは赤い薔薇
一輪挿しに飾れば
世界は涙に濡れた
未来が邪魔になる日
背中の翼をもぎ取り
肉体の門全てに鍵を差し込む
氷点下の眼差しで
引きずり出された残酷さが
君の舌を咬みきる
溶け合う口腔の内には
血と蜜が放り込まれ
君はプランツドールから
聖母へ再生し
僕は子宮の中のミルクの海に
沈んで逝く
愛とは
ともすれば
アラクネの企み 雛罌粟心中
パンドラの箱は沈黙を守り
二人は「 」を奪われたまま
黄泉路を振り返ってしまった

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命のリレー

命のリレー
無意識に動くものなど何もない
この指にすら先祖の意志が刻まれている
生まれた意味など知らないが
何で生んだか泣きたい私
何が人生だとかわからないが
私の頭を撫でる手は
たくさんあった
家族 親友 恋人 先生
それでも出会いをくれたのは
今は還暦を越え心臓病の母と肝炎を患う父
優しい子守唄
しがみついた母の手
いつが最期になるかしらない父親のバグ
忘れないよ
忘れないよ
生んでくれてありがとう
なんて言えない人生だったけど
お父さんとお母さんは忘れないよ
泣いた母親
見守り続けた父の背中
忘れはしない
だってさ
お父さんとお母さんと呼べる人は
私には二人だけ
ねぇ それってとても贅沢な言葉だったんだね
両親が歌っていたのは
いつだって
涙の子守唄
私は聞こえないふりして
悪態ついて逆らったけど
あなたたちの命の形見
無意識に動くものなど何もない
今度泣くときも
二人の間で
オギャアャア〜  オギャアャア〜

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遮断

遮断
医療事務の女性が着けるマスクは
認知症患者と口を聞かないために
薬品商談の携帯電話
電波指数は地球を光の速さで
七周半
注射を打たれた子供の雄叫び
退職金で買いたい団塊世代
精神患者は速やかに隔離病棟へ
   個 個 個 個
   ウイルスは早めに遮断
それでも名乗る総合病院
円滑に回せ 廻せよ
ロシアンルーレット
墓碑銘は霊安室に保存して庵室装え
独り部屋
慈愛と喜びの裏側で手招き笑うマネージャー

マナーなマネー
厄神さんのお隣は
観音開きの女部屋
高額医療の祭壇で雛祭りが終わる頃
私の黒髪もいつしか灰煙
    シャットアウト!

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たくさんの

たくさんの
たくさんのロングスカートを買ったんです
エイチ・ナオトの黒いスカート
私の身の丈には合わない
引き摺るだけのスカートです
たくさんの巻きスカートを買ったんです
可愛いキューティーフラッシュの赤いスカート
私の歳には合わない
チャイナゴスのスカートです
たくさんの高価な香水を買ったんです
イブ・サンローランのオピウムと
シャネルのアリュール
けれども阿片中毒にはなれなくて
気位の高さがシャネルの涙
黒いロングスカートは喪服のようで
鮮血を滴らせた巻きスカートは産女のようで
阿片には酔えなくて
ドラッグカクテルも出来ない私
私の首は傾いたまま
たくさんを見上げて安心します
宝石箱の中にはピンクゴールドの甘い静寂
パワーストーンのシルバーリングが
煌めきの力を呼び覚まし
一点物のベネチアンのブレスレットに真珠が泪
乙女の夢が眠る棺(へや)
女の薫りがする部屋で
たくさんの酸素を吸わされる
たくさん たくさん たくさん もうぜいたくさん
たくさんが
誰かの形見になりますように
たくさんが
だれかの役に立ちますように
私が身体一つに纏うのは
瞑想という名の蓮の花の香水一つ
オリエンタルフローラルの華に包まれて
オフィーリアの狂喜を横目に見ながら
微睡み沈みゆくことでしょう
「脳手術の成功率は・・・・%です」

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親愛なる王子様へ

親愛なる王子様へ
入社したての私は紺のジャケットと地味な白のブラウス
黒いタイトスカートしか持ってはいませんでした
コピー機の紙詰まりにも似た安い金額明細書の苛立ちは
若さが手助けしてくださったのか
姫と呼ばれ それはそれは可愛がられたものでした
三十路というのは何か因縁を呼ぶのでしょうか
王子様がそろそろやってくるなどと考え出したりするもので
メイクも一流 仕事も一流 遊びも一流
笑顔で鞭を振り振り血ィパッパ
いつしか女王様と社員は呼びました
せんだって昨日四十回目の誕生日を迎えましたところ
魔女と呼ばれるようになりました
皺とシミに少しばかりの白髪さえ隠せるよう
魔法も使えるようになり伸ばすは背筋ばかり
この前ヒールのかかとが躓き階段を落ちそうになったところを
救いあげてくださった貴方
白い歯が眩しいイケ面敏腕青年
(見つけた貴方が私の王子様!!) と思いきや
「いい薫りですね、なにを纏われていますか?」
と いうものですから 私
「ええ、カレーシュを・・・。」
と 恥じらい即答致しましたところ
青年社員は腹を抱えてあざ笑い
「加齢臭!やっぱり魔女並みのキャリアになると言うことが違うなぁ〜。」
などとほざきやがるのです。
まあ、なんと無粋な!
エルメスのリリーカレシュを事もあろうに加齢臭だなんて
無知も恥もいいところ!
とっとと退社致しなさい
なんて呪いをかけてしまいました
嗚呼、王子様
待てど暮らせど不便です
この街の人混みをかき分けてそろそろ私を攫ってくださいまし
でなければ
「屁は出てよし 鳴ってよし そこらの埃もとれてよし」
などと一発かます卒塔婆小町になりそうです
あぁ 王子様
白馬の嘶きが遠うございます
お慕い続けて早十数年
貴方のために初回限定 幕張メッセを御用意しております
まぁ 私としたことがはしたない(笑)
    早々
王子様         
             般若より

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散歩道

散歩道
人は死んで名を残す
鹿は死んで皮残す
だからお前も何かで名を残せたらね
と、母が言うから
そんなことしなくても 私はお母ちゃんのこと忘れへんのに
というと母は黙って泣いてしまった
二人が黙って泣いたのを知っているのはお月様
つないだ手が温かく力強いので
私は ちょっとだけ
長い二つの伸びた影に
このまま死んでもええやろか
なんて尋ねたくなったっけ
未だに忘れられない散歩道
母に今 そのときの握力はなくても・・・

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