昭和バス

昭和という小さな家族の乗り合わせ
不思議で不可欠な力が運転していく昭和バス
十才半ば、私の春
道路工事の終わった平成通に差し掛かると
祖父の姿は消えていた
草履では歩きにくくなった、と呟いて
晩酌の一合升を、置いたまま
平成の角を横切って
芝居小屋の前を通過するとき
祖母が赤紫色のボタンを一つ鳴らした
好きな芝居が来たのだ、と
バスの外から手を振った
待ち合わせの女友達と小屋へ行き
シートに五銭の入った、ガマ口を残して
桜吹雪の晴れた日に
父は病院からバスに乗り
長く曲がりくねった坂道を
下りながら昇って行った
ここをでたらもう一花咲かせる、と
自分の灰で花を咲かせる人だった
  幾度も春と夜の目を盗んで  
  修羅と鬼の隙間を掻い潜り
  たくさんの峠を越えて
  昭和バスは黄昏時の山へと向かう
花に涙雨
滴り貼りついたままの花びらを窓辺に伺い
言葉少なになった母が
どの景色も綺麗やった、と
心拍数に手をやりながら
姨捨山の切符を握り
唇を結ぶと
年老いた猫の目をじっと見る
抒情文芸  163号 
入選作品
清水哲男 選 (選評あり)

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声一つとして・・・

声、一つ、同じではない
同じ言葉の意味を発しても、白、黒、黄色、
声一つとして
国会の扉をノックできる音階と
名もなき島で撲殺される音階がある
声一つとして、人間の喉を黙らせる
          ※
   ぼくは見た
   知恵が五体満足を見定めて
   裸の身体に王冠をつけるのを
   ぼくは見た
   愛がカタワになったせいで
   河原で虐殺されていくのを
   正義は多数決で 法律になれた
   胸に鈍く光る同じバッチ共が
   いのちについては無関心のまま
   議会で手を挙げた者だけを褒め称える手を持った
          ※
ぼくは河原にうずくまり
手をあげられなかったから 足を斬られた
声一つ、あげることすらできなかった
ぼくの喉は声が出せないように釘が刺されていた
母が賢く生きてねって、ぼくの喉に釘をさした
(母さん大好きだよ、この国に産んでくれてありがとうって
(どうして伝えたらいい?
言葉を求めれば求めるほど喉から血があふれて声にならないまま
声一つで、兄妹すらも違う国
          ※
黒い死体は白い炎に焼かれて黄色いビジョンに映し出された
(ねえ、国家って、五体満足じゃないと、
(頭が人並み、という範囲じゃないと、
(声一つとして、あげられないの?
異国でもう一人のぼくが後姿しか見せない母に問いかける
白が似合う美しい母は金の髪を揺らして振り返り
青いまなざしを向けて赤い口角をあげると
アイスピックでぼくの喉を 今日も突き刺す

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小詩  二篇

「母 」
「家庭に光を灯して共に」
煽り文句は便利なコトバ
その言葉をバーゲンセールで買った母
巨大な塔を一つ、造ってみないか、と
安請け合いした黒い声が
赤く点り、二つ連なり、
三つめに爆発して、「僕」
僕に左手なく右足なく
麻痺した舌で 母に届くコトバもなし
五体満足な母が
何でもいいから
言いたいことがあれば
ここに書いてごらん、と
見せつづける白紙
真っ黒に裏打ちされてしまった
僕のコトバ、僕だけの声
僕は 塔の上で笑っている、
キレイな白紙ばかり見せる母に
今日もペンを投げつける
「楽園 」
その声が聞こえない
伸びることしか知らない真(ま)っ新(さら)な声が
コインロッカーの箱にしまわれていく
はじめから何もなかったように
もう、その声は聞こえない
ここは楽園
花畑で荒地を隠した楽園
世界で一つだけの花を皆で歌いながら
誰もが同じ背丈であることに安堵した
その声が聞こえない
生れ落ちたばかりの闘志
振り上げたままの何かを掴んだ拳
肯定せよ、肯定せよ、泣き喚く第一声、
原始の衝動で夜を叩く声を
赤い舌たちが「私生児だ」と切り刻み
灰色の花園に誘い込んでは埋葬していく
その声は、夜、荒野の中で干からびた
         
        ※
「ここは楽園、こんなふうに楽園!」
大歓声に誰かが大きな拍手を贈る

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隣の芝生が青いので

となりの芝生が青いので
ちょっと軽くやいてみた
となりの芝生が青いので
火炎瓶も投げ込んだ
それでも芝生は生えてくる
長く庭に生えてきた
枯れた芝生は威張ったり、
後から来た芝生は自慢たらたら、
私の庭にの芝生だけでも、
借り入れ手入れが大変なのに
となりの人が私の芝生が青いから
焼きが回って火を着けた
となりの芝生が青いから
平和がひとつ焼け野はら
となりの芝生が青いから
喧嘩にくれて日が暮れる
となりの芝生が青いので
となりの芝生が青いので
みんな
となりの芝生が青いので

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泳ぐこともできず
伝える手段もなく
ただ与えられた囲いの中で
浮遊している、
泡のようなもの
    ※
失くしてしまえば
過去にしたいと
遡っては 身を護り
忘却の波に運ばれて
美化される
    ※
終わったと思ったモノが
尾ひれを付けた噂になる頃
私はやっと 汚水の中で
独りになれる

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不在

夕暮れ時の寒い裏通り
透き通るくらい引き伸ばされた薄軽い 
ビニール袋の中には食材と
もう片手には人の身を覆い隠せるほどに巻かれた 
トイレットペーパーを持ち
返事のないアパートに帰る
        ※
生活は
口から入れるものとその先から出るものを
拭うものがあれば
トイレで流せばやり過ごせる
毎日は、つまらない、それでいい
詰まってしまえば
見えないところまで見えてしまうだろうから
あとは目を瞑るだけ
眠ってしまえば気が付かなければならなかったことも
やりすごせるはず
        ※
   それだけ簡単なことを
   やり過ごせない暮らしの中で
   トイレで毎日流していたものが  
   洗濯槽にこびり付いていたり
   流し台から覗いていたり
        ※
眠ってしまえば
知らないふりをすれば
やり過ごせることが
できないとき 私は不在
        ※
朝、ぽつんと ひとり置手紙
滲んだ走り書き、一行のゆくえ
「私がわたしを生きられないなら私から出て行くだけ」
        ※
一行の、その先に運ばれて 
わたしが私に手を振った

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し、についての考察

母のことを思う
始発のプラットフォームに立つ時は いつも母に一番近づく
故郷を離れてダウンロードした新曲が 終わらないうちに
新幹線の窓の田畑や山の緑は速度に燃やされ
灰色の街が 繰り広げられる
終着駅で私は母を置き去りにして歩き出す
生きるために邪魔で必要でかけがえのない人を
          ※
母の姿を思う
父の帰りたかった家のとこか一部を必ずきれいにしていた母
ハタキや雑巾、高い所は箒や柄の長いクリナーで汚れを落とす
けれど、研いても、研いても、思い出の取れない家
付喪神も呆れるほど住み着いた家のほこりは取れない
 (立つ鳥跡を濁さずちゅうてな、
 (私のこないな姿、しぃにならへんか、
笑う、母の内。彼女は自分の内臓を空にしていく
遺す者、遺され者の、うち、を浄めていく
し、に近づいていく。笑いながら、笑いながら
花が咲く季節に、萎れようとするように
          ※
春の東京は漂流民族
桜前線に乗った引越センターの車と、新分譲住宅のチラシ
駅から徒歩五分の立地条件、新物件には売約済みの赤マル
何世代もこの土地に親と住む人いるのかな
手を繋ぎ合う幼稚園児とママ、年老いてもその手を握ってやれるの
なんてことに横目をやりながら自分を責める
 (私東京なんかで住んだら、死んでしまうわぁ
呟き続けた老いた花は、もう、末期の水しか要らないといった
          ※
新たな新居、新生活応援の大看板
寂れて止まっていく家をかかえた私たちには
宛もない掃除が残っていて
何か黒い連鎖から離れられない二人
都会はテレビの画面から桜前線を伝えていて
前線の通過した家に残された花びらはゴミになるのだと
呟く母の肩を 抱き寄せる

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冬の山

この冬の途轍もなく 
淋しい苛立ちのようなものを
陽に翳してみると 詩にならないか
胸の真ん中を刃で抉り取った
凍えた塊のようなものを 
お湯で洗ってみれば
言葉が染み出てくるのではないか
でもそれは ひどく恐ろしいこと
千年万年降り積もった山頂の雪が
一気に雪崩落ち 山の形を失わせるほどに
恐ろしいこと
人は涙ぐんだ山を見て 「山」とは呼ばない
山頂に冷え切った 夥しい怒りを抱えて
胸の真ん中にある修羅の道すら明かさずに
山は山の形をして 山のままで 陽に挑む
千年万年降り続ける雪のことなど
誰にも告げず
枯葉一枚にも愚痴をこぼさず
この冬一番の途轍もない淋しい苛立ちすら
武器にして
山は今、春の空へ 
沈黙を 突き刺す
抒情文芸選外佳作

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夜の石

夜、池に石を投げた人がいて
石に私の名前が書いてあったと噂した
池に波紋が広がって
石を投げたのは私だと
池は被害者面して 波風立てた
 (名前が書いてあるそうじゃないか
 (お前の名前のようにきっと汚い字なんだろう
池に呑み込まれた 証拠品
私の意志だという 物品
私はいきなり池に沈められ
口がきけなくなった
夜、池は口を開いて
私を沈めた、と
石を投げた人に報告すると
投げた人は 静かに嗤った
(samusing24  掲載作品)

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望遠カメラ

高級カタログで見た望遠カメラ
小田急線で持っている人を見かけて
少しだけ羨ましかった
ある日 望遠カメラをくれるという人が現れて
私は有頂天で貰い受けた
ピントの合わせ方も手つきも 儘ならなくて
もどかしいだけの品物だったけど
ずっしり重いボディが程よく 腕に馴染むころ
女郎蜘蛛たちの罠にかかった獲物の言い訳や
背丈を競い合うセイタカアワダチソウの企みや
顔のない都会の上面くらいには
ピントを合わせられるようになった
私は望遠レンズが見せる景色に夢中になった
見えなかったもの、知らなかったこと、
美しいものと、汚いもの、
何もかもが新鮮で 私の目はレンズが映しだす
正義の言いなりになった
もっと高い所へ、もっと高い所から、もっとすごい高みへと
焦点を合わせようとした時 足元が何かにつまずいた
─ 老いた母の死体だった
壊れたカメラを抱いて
ピントのずれた頭と焦点の合わない目をした私が
瞳孔を開いたままの母の目に 写し出されていた
季刊誌PO164号 掲載作品

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