くずのつる

       ※
 (君、あの鞄は君に似合うが荷物になるかもしれない。
 (なぜなら、荷物とわかるには一度持ってみなけりゃわからない。
 (鞄がお荷物とわかったならばただのクズだよ。
           ※
抑圧の、
その抑圧の、
押しきれない叫びは
その時、確かに頭を壊した
立ち止まらせる世界の二元論の内に私の居場所は無く
立ち進む二足の靴の歩みは
目の前の深みへ、その前の、より深遠なる深みへと招き寄せる
(どこかでサイレンの音がする・・・
足先は水を拒なかった
生きること、生きていること、生きてゆくことが
こんなにも寒いものだと
身体に教えてくれた二人の少女の姿は
夏と冬の池にカタチを滅ぼされたまま
水に浮かんで背を向けたままで顔は閉ざされた
(どこかで響くサイレンが・・・
(夜の号泣にも似て、朝の警笛にも似て、
浸かってしまえばよかったのだ 私など
もっと深みに沈んでしまえ 頭など
けれど、
くずのつる、
老いて乾いた細いくずのつる一本に芽吹く友の悲涙の尖り
その悲愴なまでの憤りが私を時代の群れに還らせる
(まだ、戦えと、まだ闘えというのか、
(捨てられたものよ、また、打ち捨てられるために、
(―――――――へ、と、
くずのつる、の、クズとして
来るべき春に立ち還れなかった骸の眼たちを一筋握りしめ
もはや唇すら動かない私をのぞき見る、くずのめ、
惨烈を極めた死人への報復には 鮮やかな生への執着を餞に
生ききる、という執念の覚悟に他ならないと
私の内にながれる炎を見破る、くずの、・・・、くずの、め、
面影の過失が記憶を横切り とおい惜春の痛みと共に
その深みを掘り当てれば
まるい過去が嗚咽になって 堰を切って流れ落ち
くずのつるを握った手の甲を濡らす、小さな水たまりに
顔のない真っ赤な女の子が 二人泳いでいる

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夜の水

夜、蛇口からボトボトと鉄板をたたく音がして 怖くて締める
私の内で溢れ出る苛立ちや不安、
皿を洗った後の 油や洗剤を含んだ水は
どこまで汚され どこに流れて行ったのだろう
じゃがいもの皮は 三角ポストに寝静まって
にんじんは 赤黒く収まって
茶袋は まだ温いまま膨れ上がって濡れている
それらが まだ遠くにない隅にあるという 小さな安心感を匂わせながら
私が洗って流した水は 予想もできない場所に行き
変わり、捩じり、くねり、曲り、踊り狂いながら
どの蛇口からひねり出された水であったのか、覚えていられないほど
汚水と混合して、また濁水にまみれ、汚染水と呼ばれ、色が臭う
夜、蛇口を強くねじ動かす指があったこと
それから私はあらゆるものに触れ、モノを洗い流し、
自分が汚れ続けれるほどに
仄明るく 透明に澄んでいたことなど 今更、知る術もなく
だだ、押流されるままに 辿り着いた夜の果て、女の、熟れの果て
ボトボトと鉄板を打ち叩く 私の澄み切っていた苛立ち、
三角ポストのモノたち全て 水で浄め浸し、そして薄汚れ、
その横側を、ただ通過していかなければならない私を見る、
濁った眼をした、女の群れ
排水溝では裁かれない叫びが 今夜も台所からあふれ出て
誰にもすくえない 赤黒い夜を
今、自分の手で 終わらせる

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汚名/恋人の変換

片付けられない部屋に
終われない言葉が散らかって
絶句。
「。」とは、簡単に収納されてしまう私の居場所 
膝を抱えて座り込めば 隙間から立ちのぼる私の苛立ち
そこからはみ出でくる消化できない炎を 自分で眺めて
火事になる前に 悉く鞄に詰めていく、
また、苛立ちが おもい、荷物になる
服と下着は登山用リュックに詰めて
食器やコップは全自動洗濯機でまわして
私の頭は冷蔵庫で冷やしながら
本棚に役に立たない言葉を並べていく
この部屋には何も咲かない
恋人が使用人に変換されてから
名前は 響くことを忘れてしまった
私は片付けられない部屋に 片付けられていく
毎日、毎日、すり減っていく 私の名前は
トイレットペーパーの「カラカラカラ」になった
白く長い舌は 虚ろな声を発しながら
昼間の採光を巻き取り 夜の濃度に舌を出す
ホワイトボードに書かれた誰かの名前
丸い文字のその人は
窓辺から外され ひっくり返され 
呼ばれることなく 片付けられて
拾った者の名札や切り札になった
((→ 「。」ここ。/まだ、ここにいるのに。
     → 「。」ここ。→ /まだ、/→ 。ここにいるのに。))

檻の中に、ピリオドがあるだけの、「。」

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左手からオアシス

魂が彼女の肉体を超えているのに
なぜ人は彼女の囲いばかり 目にして嗤うのか
動かない右手に握り拳を置いて 左手で書いた文字より黒いのは
右手がやすやすと動く人たちの、コトバ
自由とはとても高みにある悦びと同じくらいの不確かな不安だと、
空に消えいく白い鳥のような覚悟を あなたは羽ばたかせる
あなたを子供に向き合わせたもの
昭和の赤いチューリップ、かごめかごめの籠の鳥、うつむく子供や
古びたギター音、黄ばんだピックを持った男の背中や唇
車椅子の上はいつも晴れ渡って 寂しい自由が乗せられているのに
あなたの頭を叩く人、あなたの頭を押さえる人、
生活指導者が考える献立をあなたの頭にかける人、
あなたの夢は 空に放った白い鳥
異国に生命革命の卵を降らせ 新大陸の国旗に花火模様を描かせては
その爆音で人々を 眠りから揺さぶり覚ます
車椅子にみどりの言葉は、芽吹き、息吹き、育ち、
大河の瀑布に迸る水たちは かたくなな石頭たちを丸く削る
あなたは昼間に笑って 覚めない夢を描きつづけてく
その先に、オアシス。
「オアシスよ、と呼びかけて、オアシスは振り返る」
今、空に消えた白い鳥は甦り、どこまでも大空を駆け上がる
※「詩劇・洪水伝説・稽古編にて、朗読したもの」
詩人H.Tに。

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天花粉の丸い小箱にはいっていたのは
祖母や母が立ち切狭で廃品回収に出す前に
切り取った釦
鼈甲仕立ての高価なものもあれば
校章入りの錆びた金釦や
普段使いのプラスチック釦
そして
焦げて曲ってしまった玉虫色の婦人服の釦
けれど 
三つとして同じ種類のものはなかった
少し埃立つ畳の部屋へと斜陽が、
僅かな障子の隙間を潜って私と手のひらの上にある釦を射る。
厚地のコートについてたであろう変色した重々しい大きな釦、
その穴を庭先に向けて内から覗いてみる。
この家に嫁いできて、主や子供たちの釦を、
そっと切り取ってここに残してきた女たち。
いつか、役に立ちたいと思いながら、
消えていった女たちの、俯いた顔が縁側に浮かぶ。
   胸の釦に通された針と糸の行方
   固く留められていた結び目と糸の解れ
   転がっていった釦たち
   要らなくなった釦たち
どれ一つとして同じものがないボタンホールが見せた景色
断ち切らねばならなかったもの。
その隙間を埋める術もなく、こぼれおちていったもの。
先立たれた者や失った者の声や骨を拾い集めるように、
私もまた、誰かの釦を見つけては、自分の小箱に入れて、蓋を閉めるのか。
座り込んでいた時間が
縫われるよう覆われて
陽射しはどんどん弱くなり
あやふやな手つきの中で
釦が一つ、転げて落ちる
   ※第27回 伊東静雄賞 佳作作品

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時代/足元

御神輿は
おまえは今日から御神輿様だ!
言われる腕たちに
嗤われるのを知っていますが
担がれてるように
振舞うのが
お神輿様の役目です。
      ※
御神輿様、お神輿様、
ワッショイ!ワッショイ!されながら
御神輿様のように 振舞って
自分で御神輿になれないけど、
でも、とりあえず、
ワッショイ!ワッショイ!振舞って
ワッショイ!ワッショイ!賑やかで
(もしかしたら、御輿様かも! と、
思ったら、途端に、
ワッショーーーイ!
      ※
で、
終わるだけの、宴。

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シュレッダー

それは恋文でしたか
長く綴られた美しい文字でも
過去形になると
住所も名前も内容も
要らなくなってしまうのですね
中古屋で買ったシュレッダーに
「アパート」という文字を半分消されて
私は居場所を失いました
一緒に写した写真も 色褪せて
一度、弾けた花は バラバラです
シュレッダーを脆い壁に嚙り付かせ
粉砕していく部屋が おもい、のか
消し済みになるはずの「部屋」の代わりに
彼が その牙を折りました
(注意書き・四分以上続けて使わないでください)
   買った当時、あなたは面白がって
   吐き捨てた紙の文字たちは
   それぞれ遺言を喋っていたのに
   あなたは耳のない子供になって
   嗤いながら なにもかも抹殺していった
(注意書き・紙屑が詰まったら一時的に逆回転で)
   逆立ちしても見えない「しあわせを」を
   嚙み砕くことが出来ずにいる オンボロ機械
   部屋の角に牙を立ててアパートを半分だけ消して
   何かに引っかかった 消耗品
   ポッカリ空いた穴から
   セピアに寄り添う私たちのクズばかりが
   舞い上がる
         ※
(壊れ物につき、取り扱い・・・、 /注意)

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手紙

私をあまり怒らせないでくれないか
おとなしく愛の詩集を手にするときに
透き通る言葉を考えようとするときに
人の郵便物を盗み見る者たちよ
その手紙には父の遺言が
その手紙には母の筆跡が
私宛に届く予定
封筒の鍵を抉じ開けた者たちよ
私をあまり怒らせないでくれないか
人が組織になったとき
そこに、家は無く、居場所無く、
闇雲に戦場が広がるだけ
弱者を叩き
弱者の声をねじ伏せ
弱者を更に弱者足らしめようとする
矮小な町の村長様、局長様
お偉方のあなた様方が
小娘宛の手紙一つが気になるなんて
両親の想いを踏みにじるだなんて
人の親ともあろう方々
人の親にもなろう方々
人が組織になる前に
人が組織になった時
どうか私をこれ以上
怒らせないでくれないか

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白猫語り

母猫が事故死して母乳の味を覚えることなく、
共に産まれた兄妹が運ばれた行方も知らず、
ただ何となく頭を撫でてくれる手を信じて、
呼びかけてくれる瞳の輝きに返事して、
春はご主人様たちとよく眠り、
夏に目覚め、秋には遊び、
冬に外の景色をじっと眺める。
そんな日々の中で、
一人いなくなり、二人いなくなり、
長生きすればするほど優しい手のひらたちの
温度が失われていくのに、
アタシだけ、白く、生き残りました。
明日、雪遊びに行きます。
白く埋もれて眠る毛のささくれた猫を見たら
踏みつぶさないで「よく頑張ったね」って、
ひとこと声を被せてください。
        ※
(独りでも天国に行けそうな気がします)
            ※ 前橋「猫フェス」用に書いたもの。

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ヒルコ

(狼娘のお宿は何処だ
   それは夜ともなく昼ともなく 無差別に
   数多の男と交わった女の 落とし種
   種に理念なく伸びゆく手足なく目もなく耳もなく
   思いついたことを叫ぶしかない口があるだけ
(狼娘のお宿は何処だ
   男を千人切りした女の孤児なんやからな、
   あれが色情の業の姿というもんや。
   何、放っておいたら、直ぐ死ぬわ、
   あんな見た目も丸阿呆、叫ぶしかない奇形の児。
   それにな、昨日もヒルコがまた叫びよったやないか、
   【この村な、この村なァ、もうすぐしたら、なくなってしまうどぉ】
(狼娘のお宿は此処だ
   ヒルコ、なんか気持ち悪いわ、もう、殺(や)ってしまえや。
   不吉なことばっかりいいよる忌み児やし、
   村かって若いもん居らんのに、余裕かってないし、
   もう、ヒルコ、要らんやろ、役に立てへん児やし、
   わからんよう、殺(や)ってしまえや。
   ヒルコが居ること自体、村の恥よってに・・・。
(狼娘のお宿は此処だ
   せや、ヒルコは村のこと悪う言いよるでな、
   もう、見せしめや。ヒルコが居らんようになっても、
   ウチら、いっこうに、かまわんしな。
   こんなんどやろ、海の神さんの「人身御供」ちゅうんは・・・。
   それ、ええわ、ヒルコは役立つ、村の英雄で死ねるんや、
   役立たずが、役に立つ時がきたでな、じゃあコレで
   よろしゅう、頼んます
                 ※
縛られたまま海に放り投げられ、重石で沈められたヒルコの口から
何かが飛び出した、という噂も失せて、千の昼と夜が巡り終えると、
村は大津波の口から、すっぽりと腹の中へと、しまわれていった。
(狼娘は、お宿の中だ  
   

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